フォト
2015年4月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ

« 2007年10月 | トップページ | 2007年12月 »

2007年11月30日 (金)

富を得る科学(The Science Of Getting Rich) 第10章

みなさま、おまたせしました~~(^^)

ブロードバンドが今日の12時で解約になるので、Upするなら今日しかない!と思い、必死の思いで仕上げましたとさ。
皆様、コメントありがとうございました&ご心配おかけしました。
いま必死で片付けに追われています。銀行や電話の解約、いらないものを売ったりあげたり、お別れ会をしてもらったり・・・山場は昨日でしたが、明日一日が最後です。
名残惜しいと思う余裕もなく出ることになりそう・・・まあ、私は感傷にひたりやすいので、これくらいがちょうどいいのかも(笑)

明後日クィーンズタウンに別れを告げて、移動を始めます。
12月9日ごろまではUpできないかもしれませんが、
もしできそうならUpしますね。
それでは、富を得る科学 第10章 お待たせしました。

***************************************************

富を得る科学 Chapter 10 さらなる意志の使い方

 

あなたが常に自分の望む状態と反対のものに心の中や現実の世界で意識している限り、富の本当にはっきりとした姿をとらえ続けることはできない。
たとえあなたが経済的に困難だった状態を過去に経験していたとしても、それを人に話さないようにしなさい。そのことを少しでも考えてはならない。
自分の親が貧しかったことや自分のつらい生い立ちを人に話してはならない。こういったことをすることは自分を精神的に貧困とつなげることになるのだ。そしてそれはあなたの望む方向へと物事が動いていくことを確実に阻むことになるだろう。

イエスも言われたように、「死にたる者にその死にたる者を葬らせなさい」

貧困や貧困に付随するすべてのものごとを完全に置いて歩き出しなさい。

あなたは宇宙が「正しいもの」だというある理論を受け入れているわけであり、それに相反する理論を増長させてなんの利益があろうか。

宗教の本のなかで、世界はもうすぐ終わろうとしているなどという本は読んではならない。

人の醜聞やゴシップを書いて煽り立てる記者が書いたものや、世界は悪魔の行いをするなどという悲観的な哲学者の書いたものなどを読んではならない。

世界は悪魔の行いをするのではない。神の行いをするのである。すばらしい存在になりつつあるのだ。

 

もちろん世の中には感心できない環境や状態のものもたくさんあるだろう。しかしそういったものがまさに過去のものになろうとしているときに、そういったことを研究してなんになるというのだろうか。しかもその研究をすることでそれらが過去の遺物になることを阻み、われわれのそばに留めておくことになるだけだというのに。

革命的な成長期によって取り除かれようとしているまさにその事柄に、しかも自分ができる範囲でその革命的成長を促進でき、その事柄が取り除かれるのを速めることができるときに、なぜわざわざ意識と時間を与えるというのだろう。

ある国、ある地区、またはある場所でたとえどんなに恐ろしい環境におかれているように見えても、それを気にかけることにより自分の時間を無駄に使い、また自分にきたチャンスを壊してしまうことになるのだ。

あなたは世界が豊かになる事に興味を抱くべきである。

世界が貧困から抜け出すことを考えるのではなく、豊かになりつつあることを考えよう。

そして憶えておきなさい。世界が豊かになるのを助ける唯一の方法は、あなた自身が富を得る、しかも競争してではなく、創り出す事で得ることなのだということを。

貧困を無視し、富にだけすべての意識を向けるのだ。

貧しい人の話をするときはいつでも、その人のことを「豊かになりつつある人」として考え、また話しなさい。憐れみの対象としてよりも、祝福の対象として接しなさい。

そうすることで彼らや他の人々がその気持ちを感じ取り、それを表現するための方法を探し始めるのだから。

私があなたの時間と心を富の考えにすべて捧げなさいといったからといって、あなたにあさましくなれとか不親切になれということではない。

本当の意味で豊かになるというのは、富もそれ以外もすべて含まれるため、あなたが人生で持てる中で最も崇高な目的である

競争社会では、富を得る困難というのは神を信じない人間が他の人々を力まかせに動かそうとすることを意味するが、われわれが創造性豊かな心を持つとき、すべては変わる。

魂をひもとき、その偉大さを解き放ち、高潔な努力と奉仕を行うことは、富を得ることで可能になる。ものごとを活用することでそれらはすべて可能なのである。

もしあなたが身体の健康になにかが欠けているとしたら、その達成にはあなたが富を得ることが必要な条件となる

金銭的な不安から開放されたもの、そして気兼ねなく生きる手段を持つもの、清潔な環境を作ることの出来るものたちだけが健康を得、また健康を維持することができる。

モラルや魂の偉大さを表現することは、生存競争から抜け出し、高みにいるものだけが可能である。そして他人を蹴落とそうとするような競争から自由になり、クリエイティブ、つまり創造性の高い思考の次元に入るものだけがそのような金持ちになれる。

もしあなたが家庭内の幸福にこころの焦点をあわせているなら、改善の余地のあるところ、レベルの高い思考、悪い影響を与えることから自由になっている状態、に愛の花は咲くのだと憶えておきなさい。そしてそういった状態は相手を敵視することなく、けんかをすることもせず、創造的な思考を実践して得た富を持つものたちのところでのみ見られるのである。

繰り返すが、あなたは金持ちになるために崇高な目標や偉大な目標をさだめなくてもよい。そしてあなたは自分のこころの中の富に常に注意をそそぎ、その目標を阻むものを防いだり輝きを失うようなことのないようにしていなければならない。

すべてのものごとの根底にある真理をみることを学びなさい。間違っているように見えるすべての物事の奥で、一つである偉大ないのちが常にさらなる表現を目指し、またさらなる幸福へと前進しているのである。

この世に貧困というものがなく、あるのは富だけだというのは真実である。

貧困にとどまるある人々は、彼らにも富が用意されているという事実を無視するからこそ貧しいままなのである。そしてそういった人たちにはあなた自身が実践し、豊かさへの道をたどって見せることで、彼らはそれを学ぶことができる。

それ以外の貧しい人々は、貧困には出口があるようだと感じてはいながらも、その出口を見つけ、そこまでたどりつくのに必要な精神力をつかうことを怠けている、その能力がありながらもそれを怠っているのが理由である。


 

こういった人々に対してあなたができる最上のことは、あなたが公正に豊かになることから得られる幸福を彼らに見せ、彼らが自らの願いを持つきっかけをつくることである。


それでもまだ貧しいままの人々もいる。彼らはこの科学に気が付いてはいるが、神秘的理論や形而上学的または抽象的な表現の迷路のなかに迷い、沈み込んでしまっており、どの道を行けばよいのかわからなくなっているのだ。かれらはいろいろなシステムをごっちゃにしてためし、すべてにおいて失敗に終わる。そういった人たちにあなたができる最良のことは、やはりあなた自身がそれを実践し、少しでも実際に行動に移すことは、ただ理論を唱えるだけよりも数十倍の値打ちがあるということを見せ、正しい道を見せてやることである。

この全世界に対してあなたができる最上のことは、あなたが自分自身を最大限に活用することである。

あなたが神と人類に奉仕するのに、富を得、豊かになる以外に効果的な方法はない。

それはつまり、競争という手段ではなく、クリエイティブ・創造的な手段で富を得ることである。

さらに、われわれはこの本が富を得る科学の法則を詳細に教えていると主張する。

それが本当だとしたら、あなたはこういった趣旨の他のいかなる本をも読む必要はない。このような言い方をすると利己的でこころが狭いように聞こえるが、考えてみて欲しい。この世には足し算、引き算、掛け算、割り算以外に数学の計算処理の科学的方法はないのである。2点間には最短距離は一つしかありえない。

科学的考えは一つしかない。それは目標に一番直接で、簡単にたどり着くという考えである。いまだ誰もここに示されたもの以外に不必要なものをすべて削ぎ落とし、短くかつわかりやすいシステムにまとめたものはいない。

これをはじめるときは、それ以外のものはすべていったん置いておきなさい。自分の心から追い出してしまいなさい。

この本を毎日読み、常にもっていなさい。記憶に刻みつけ、他のシステムや理論は考えてはならない。もしほかのそういったことを考えたなら、疑いの気持ちが生まれ、信じる気持ちが揺れ動き始め、そうしたことから失敗が生まれるのだ。

良いことをし、富を得た後で、あなたは好きなだけ他のシステムを学べばよい。しかしあなたが自分の望むものを得たと確信するまでは、この本以外のこういったものを、前書きで挙げた作家のものを除いて、一切読んではならない。
そして世界のニュースではあなたの理想の絵と調和する記事、または楽天的な言葉を読むようにしなさい


 

また、オカルトや神秘的なものに関して調べることも延期することだ。

神性への神秘的洞察、スピリチュアリズムなどの類を2重に学ぶことのないようにしなさい。

亡くなった人がすぐ近くで生きている可能性も充分あるだろう。しかしそうだとしても、そっとしておきなさい。それは余計なお世話というものだ。

死者の魂がどこにあろうと、彼らには彼らのすることがあり、解決すべき問題がある。我々にそれを邪魔する権利はないのだから。

我々は彼らを助けることはできない。そして彼らが我々を助けることができるかは非常に疑わしいし、もしできたとしても彼らの時間に勝手に立ち入る権利があるとも思えない。死者と来世はそっとしておいて、自分自身の問題解決、つまり富を得ることに取り組みなさい。もし神秘的なものとこの科学を混ぜ合わせ始めたら、あなたは精神的にさまざまな逆流を作り出し、せっかくの希望をまず間違いなく暗礁に乗り上げ、難破させることになるだろう

ここで、この章と先の章で述べたことの基本的事実をまとめると次のようになる。

 

この世にはすべてを作り出すもととなる、考える存在というのがあり、その元の状態はすべてのものを通り抜け、浸透し、宇宙のあらゆる空間を満たしている。

この物質の考えは、この考えによって作り出されたイメージそのものを作り出す。

人はその人の考えの中でまずものごとを作り出し、その考えを「形のない物質」に印象付けることによって、それそのものが作り出されるきっかけとなるのである。

こういったことをするには、人は競争する心から抜け出して、作り出す、創造的な心にならなければならない。そしてその人間は自分の欲しいもののはっきりとした絵を心に描き、そしてその望みを得る、しっかりした目的と共にその絵を自分の考えの中に持ち続け、それを得るという揺るがない信頼を持ち続け、その一方で、目的を揺るがし、視界を暗くし、信じるこころを抑えるようなすべてのことから心をとざさなくてはならない。

これらに加えて、次は我々がある一定の方向性で生活し、行動しなければならないという事を見てみることにする。

 

第10章 おわり



2007年11月26日 (月)

バテマシタ。

みなさま。
「The Science Of Getting Rich」(富を得る科学)は、毎週月曜日更新を目指していますが、今回は間に合いません。
ごめんなさい。m(_ _)m
というわけで、第10章は近日中に仕上げて公開しますので、もう少しお待ち下さい。

もともと来週3日は移動を始めるためにお休みする予定でしたので、今週は休みたくなかったですが、自分の体が限界を訴えてます。
なので体の声を聴くことにします。

楽しみに待ってくださっているみなさま。ごめんなさい。
ご理解くださるととても嬉しいです。



2007年11月19日 (月)

The Science Of Getting Rich(富を得る科学)第9章

みなさま、お久しぶりでございます。

忙しい、とは言いつつも、元気にやっている今日この頃です。

最近オーディオファイルをUpするのが精一杯ですが、その間に身の回りのものを片付け始めています。

おもしろいことに(そしてありがたいことに)、「これはこの値段で売りたいなあ」と思うものがちゃんとその通りの値段で売れていきます。

今回予想通りの展開だなあと思ったのが、私が日本までもっていく、というか、送る持ち物の中で一番重い(=コストがかかる)のが、本でした。

本、とくにスピリチュアル、セルフ・ヘルプ、ファイナンシャル、成功法則、などなどの本は、手放そうと思わないので、結局本を送るのに2万円くらいはかかりそうです。
それでも手放そうと思ったフィクションやエッセイなどは全部人にあげるか、寄付するんですが・・・

その代わり、服はすくないです(笑)

さてさて、本題の、オーディオファイル続編です。
最初にさらっと読んだときは、「えっ・・・慈善事業に寄付するなって・・・」と思いましたが、
「ザ・シークレット」でもあったとおり、そしてジャック・キャンフィールド氏がよく話すエピソードのように、マザーテレサが「私は反戦運動には参加しない。平和運動をするなら呼んでちょうだい」といったように、焦点をどこにあわせるかをきちんと選びましょうと言うことなんでしょう。
100年後の今では、「人をよいことで感動させる」慈善事業も選べばたくさんあり、世の中のお金持ちはたくさん寄付をしてらっしゃるようなので、時代は変わったということですね。

わたしも参加していたボランティア団体の持つ図書室に幾つか本を寄付しようと思っています。
ボランティアの人が豊かに幸せになって、その人たちが接するすべての人にその波動が届けばいいなあ。

と、こんな風に言うととっても精神レベルの高い人間と誤解されるかもしれませんが、
それはかなり大きな誤解です。
あとで失望しても責任はとれませんよ~~~~(笑)

モットーは、どこかで聞いた事のあるこの言葉です。

"Motto to live by" (生きる上でのモットー)

Life should not be a journey to the grave with the intention of arriving safely in an attractive and well-preserved body, but rather to skid in sideways, champaine in one hand, strawberry in the other, body thoroughly used up, totally worn out and screaming “Whoo-HOO. What a ride!!”

人生は美しく保たれたままの身体で無事墓場に入るための旅路であるべきではない。
それよりは、横道に滑り、シャンパンを片手にもち、もう片方にストロベリーをもちながら、身体をボロボロになるまで使いきり、こう叫びたいものだ。
「うっひゃ~~!すんごいおもしろかった!」

皆様、ステキな旅を。

では、「富を得る科学」第9章のオーディオファイルです。(^^)

************************************************

富を得る科学 Chapter 9 – 意思の使い方

 

科学的に富を得ようとするとき、自分の意志を自分以外のまわりの何かに使ってはならない。どのみちあなたにそうする権利はないのだから。

他人を自分の願いどおりに動かすために自分の意志を使うのは間違いである。

人々を心の力を使って無理に動かそうとすることは、実際に体の力を使って無理に何かをさせることと同じくらい恥ずべき行為である。

もし強制的な力で人に何かをさせようとするなら、彼らは奴隷に貶められることになる。精神をつかって同じ事を他人に強制するなら、それはまったく同じことである。
手法が違うに過ぎない。

力任せに人から物をとるなら、それは強盗である。心の力を使って人からものを取るなら、それもやはり強盗である。根本的にかわりはしない。

 

自分の意志を他人に使う権利は誰にもない、たとえ「その人のため」のつもりでも、あなたにはなにがその人のためかを知る余地はないからである。

富を得る科学はいかなる理由であろうと他人に使うことも無理強いすることも必要としない。そうする必要はかけらもないのである。

自分の意志を人に使おうとするとき、それがどのようなやり方であろうと、自分の目的を妨げ、挫折する結果になるだけである。

何かを自分に引き寄せようとして、自分の意志を使う必要はないのである

それはつまり神を無理に動かそうとすることであり、そこには神を敬う気持ちはないと同時に、愚かであり無駄なことである。

神から良いものをもらおうとして神を無理強いする必要はない。

不親切な女神を制しようと意志の力を使う必要はないし、頑固で反抗的な力をあなたの命令に従わせることもない。
すべての元となる存在はあなたに優しい存在であり、あなたが持とうとする以上のものを与えたいと願っているのである。

富を得るには、あなたは自分の意志の力を自分に使うだけでよい。

あなたが何を考え、どう行動するかを知っているとき、あなたは自分がそうすべきことを考え、また行動するために自分の意志を使わなければならない。

これこそが、意志の力を自分を正しい方向に向かわせるために使うことこそが、自分の望むものを得るための正当な意志の使い方である。

ある方法、方向性で考え、行動し続けるように、自分の意志を使いなさい。あなたの意志や考え、また心を、人や物に何かをさせるために、空間に反映させようとしてはならない。


心を自分の中におきなさい。他のどこにおくよりも、そこにいるほうがより多くのことを達成できるだろう。

自分の望みを精神的なイメージとして描くために、自分の心をつかいなさい。その姿を信じる心と目的意識とともに持ち続けなさい。そして正しい方向に心が働くように自分の意思を使いなさい。

あなたの信じる心と目的がしっかりと定着していればいるほど、あなたは急速に富を得るだろう。なぜならあなたは「すべてを生み出す存在」に否定的な感情が届く前にそれを中和したり、そらしたりするだけでなく、肯定的な感動だけが届くようにすることができるからである。

あなたの望みのイメージを目的と信じる心で保つとき、そのこころの絵は元となる存在に取りあげられ、宇宙のはるかかなたまで浸透させることができる。

 

この感動が広がるにつれて、その現実化に向かってすべてが動き始める。

生きとし生けるもの、またそうでない無機質なもの、まだ創造されていないもの、すべてが混ぜ合わされてあなたの望むものが生み出される。

すべての力はその方向を目指して使われる。すべてのものはあなたに向かって動き始める。あらゆる場所にいる人々の心は自分の望みをかなえるために必要なことをするよう、気づかないうちに影響を受けているのである。

しかしこれは実際に否定的なネガティブな印象を無形の存在に印象付けてみることで、実際に確かめてみることができる。信じる心や目的意識というのが、なにかがあなたに向かっていく動きをするのだから、疑いや不信心といったことは、その動きをあなたから遠ざける動きをするのは確かである。

富を得るために「こころの科学」を使おうとする大半の人が失敗に終わるのはこの事柄を理解していないからである。

あなたが過ごすすべての時間、すべての瞬間を恐れや疑いを増長させるために過ごしたり、
不安な気持ちでいつも過ごしたり、不信感に自分の魂を奪われていたら、万能の知性からあなたを遠ざけるだけである。

信じるものにこそ望みが叶うことを約束されているのである。

イエスはこのことをいかに強く主張したかを考えて見なさい。今ならそのわけがわかるだろう。信じる心はすべてに重要なことであり、自分の思考をまもることを義務としている。そしてあなたの信じる心はあなたが普段観察し、考えることに大きく影響される。こういったことに注意を向けるのはたいせつなことである。そこで意志の力が便利になってくる。


 

あなたが富を得たいなら、貧困を研究してはならない。

ものごとは望むことと反対のことを考えて、ほしかったものが物質化されるわけではない。
健康は病気を考えていたり病気の勉強をしていては決して得られない。

罪悪の勉強をしていたり、罪悪を考えていて、道理にかなった生き方を助長することはできない。そして貧困を勉強したり考えていたりすることで金持ちになった人間は一人もいないのである。

病気の科学としての医学はさらなる病気を増加させ、罪についての科学としての宗教はさらなる罪をもたらし、貧困を研究する経済は世界をさらなる渇望と惨めさにあふれさせた。

貧困を語ってはならない。調査してはならない、また自分が貧しいと心配してはならない。原因はどうでも良いことである。それらはあなたとは何の関係もない。あなたが気にしなければならないのは「治療」なのである。

自分の時間を慈善事業やそういった動きに費やしてはならない。ほぼすべての慈善事業は悲惨さを撲滅させようとして、じつは繁栄させているに過ぎないのだから。

私が言いたいのは冷たく心ない人間になって、必要としている人々の声を聞くことを拒否しなさいといっているのではない。

私が言いたいのは、貧困を型にはまった方法でなくそうとしてはいけないという意味だ。貧困ということ事体は過去のこととして、「よいこと」をつくりだしなさい。

富を得る、これが貧困を助ける一番の方法なのだ。

そして自分の心が貧困の絵で一杯であるならば、自分を金持ちにさせるようなこころのイメージを持つことは出来ない。

生活する人々の惨めさ、子供の過酷な労働などといったことなどを書いた本や新聞をよんではならない。暗い欲望のイメージや苦しみでじぶんのこころを満たすようなものは何も読まないようにしなさい。

こういったことを知ることであなたに貧しい人々を手助けできることはまずない。そしてその知識を広く知らしめることでは貧困を遠ざけることはできない。

貧困を遠ざけることができるのは貧困の絵を自分の心に浮かべるのではなく、富を貧しい人々の心にもたらすことなのだ。

自分の心を彼らの惨めさで満たすことを拒否することは彼らの惨めさを見捨てることではない。

貧困は遠ざけることができる。しかしそれは貧困のことを考える人々が増えることが原因ではなく、貧しい人で、富を得ようとし、それを信じることができる人が増えることによって可能になるのである。


貧しいもの達は慈善活動を必要としているのではない、彼らに必要なのはインスピレーション、つまり感動である。

慈善事業はただ単に惨めさの中に彼らをとどめて生きながらえさせるためのパンを与えるか、ほんの1,2時間彼らを楽しませて、そのことを忘れさせる程度である。

しかし感動は彼らを惨めさから浮上させるきっかけとなる。
貧しい人々を助けたいなら、じぶんが金持ちになることで手本を見せ、彼らも金持ちになれるということを証明しなさい。

貧困が世界から永久に姿を消す唯一の方法は、この本での教えを実行している人々が膨大かつ継続的に増えていくことである。

人々は競争でなく、創造することで金持ちになることを教わらなければならない。

競争して金持ちになったものは自分が這い上がり、他のもの達を押さえつけたままのぼってきたそのはしごで、後ろから投げ出されることになる。しかし創り出す事で金持ちになった人間は、その人間の後ろにつづく何千もの人々に道をひらくことになるのである。

貧困に同情し、貧困を見て、貧困について読んだり考えたり話したり、また話している人に耳を貸したりすることを拒んだとしても、それは心の冷たさや無感動を示したことにはならない。

 

自らの意志で貧困という事柄に関してはこころのスイッチを切り、

自分の欲しいと思うイメージに目的と信じる心でこころのなかのスイッチボタンを押しつづけていなさい

 

Chapter 9 End

2007年11月18日 (日)

お金の話は大事だよ~

最近本を読む時間がありません。

本を読まないと、私は禁断症状がでます。

どうなるかというと、身体はわなわなと震え、目はうつろになり、変なことを口走る・・・・わけではありませんが、とにかくストレスを感じるようになります。

いつもは寝る前の30分くらいはベッドに入ってまったりと読書をした後、眠たくなったらおやすみなさいコースなんですが、
最近はパソコンしながら居眠りし、舟をこいでいる自分ががくっとなった時点でやっとそのままベッドに入って、そのまま記憶がなくなる日々が続いています。

ああダラダラしたい。ダラダラしたいよう。(笑)

タイムマネージメントがなってない。気が焦るばかりでございます。
焦ってもしかたがないのにな~~~
というわけで、今日はまだ気力が残っているので、無理やり本を読んでやる!

最近インパクトが強くてすごくおもしろかった本がこれ。

リッチウーマン―人からああしろこうしろと言われるのは大嫌い!という女性のための投資入門

タイトルが「リッチ・ウーマン」
ロバート・キヨサキ氏の奥さんのキム・キヨサキさんの本です。
最初はタイトルがあまりにもストレートだったのと、
「金持ち父さんで売れたから、奥さんも、というあやかり系かな」という偏見で
ちょっと敬遠していたのですが、そんなのは誤解でした。
9月の帰国前に英語で読んで、あまりにもおもしろくて一気読みしました。
で、日本語で一体どんな風に訳されているだろうと、日本に帰ったときに買って読みましたが、さすが、金持ち父さんシリーズを手がけてらっしゃる方の翻訳だけあって、原作のイメージの通りでした。

アメリカに住む65歳以上の女性の統計の話が出ていましたが、
夫と死別・離婚・別居した経験のある女性のうち、以前より経済状況が悪化したという回答が、ずいぶん多かったこと。(今人に貸しているので正確な数字の確認はできませんが)
アメリカでもNZでも日本でも、自分の経済状態の管理を人任せにしてはいけない、それは男性にも女性にも当てはまります。年金制度が自分の老後にあるという保証もないし、自分の仕事が無くならないという保証もない。夫や妻と一生仲良く暮らしていちにのさんで一緒に寿命が来るなんてことは多分ないだろうし、そうなるとどっちかがより長く生きるわけで、統計では女性の方が基本的に7~8年寿命が長いそうです。ということは、女性のほうがリタイア後に必要な資金が多く必要になってくるわけで・・・云々、デイビット・バック氏の「Smart Woman Finish Rich」を読んだときもガガ~ン!という衝撃でしたが、それで目が覚めました。

富を得て、豊かになる!と声高にして言うと、まだまだ胡散臭がったり、「おまえは金の亡者になる気か!」と言われたり(友人の実話です)、出る杭は打たれがちですが、

それでも私はあえて言おう。

お金は豊かに幸せに生きるうえで必ず必要になるものです!
そのことを避けていては決してゴールにはたどり着けません。

まずはゴール設定、次に自分の現在の経済状態とお金に対する自分の態度を振り返ることは、とても大切ですね。

とくにパートナーがいる男性も女性も、お金の使い道に関しては誠意と責任を共有していることが重要なのだということを、あらためて再確認しました。

こういうお金の話を楽しそうにいっしょに話せる夫婦を知っていますが、
とっても幸せそうで、安心してみていられます。
今までの道のりがかなり大変だったそうですが、その努力は何十倍にもなってこれから報われるだろうというのがわかります。

1700円の価値はある本だと思います。
旦那任せじゃない、自立しているけどちゃんとお互い支えあってる、カッコイイ夫婦じゃありませんか。キヨサキ夫妻は。

2007年11月12日 (月)

The Science Of Getting Rich (富を得る科学) 第8章

みなさま、おはようございます!最近さらに忙しくなってきました!
セス(Seth)もマイク・ドゥーリィ氏も、時間というものは私たちの世界独特のものであり、幻想でしかない、と言っていますが、まだまだ認識不足の私は時間が足りないと言う感覚でアップアップしています。ほんとに一日48時間くらい欲しい。
ビジュアライズしないと・・・
そして、そういうときこそ忘れがちだけど、やって効果があるのは瞑想・ビジュアライズ・アファメーションですね。

しばらく怠けていました。また再開します。

ポッドキャスティングの中では「瞑想やアファメーションが、有効ではあるが必要なのではない」と記されているのに、私がここであえて瞑想しようというのはどこか本末転倒な気がしますが、有効なんだったら気が向いたのにやらないなんてもったいない!
といわけで、やりたい事をやる私の信条にぴったり来ることをすることにします。

今日も仕事の後には予定が入っており、午後はパソコンに向かうことができる時間がないことが予想されるために、今のうちにアップしておきます。
今日早出の仕事じゃなくてよかった・・・

もう一度自分に言い聞かせようっと

「時間と言う概念はただの幻想です。私たちは永遠の存在なのです」

みなさま、今日もステキな一日をお過ごし下さい。(^^)

************************************

富を得る科学 Chapter 8 – 「特定の方法」で考える

 

6章の最後の2段落、自分の家を現実化した男の話を読み返すと、富への最初のステップがどういうものかがわかるだろう。まず自分の望むもののはっきりした姿を心に描くのだ。自分の中に持たない限り、考えを宇宙に転写することはできない。それを与えるには、まず自分がそれを持っていなければならない。大勢の人が考える存在に望むものを印象付けることができないのは、自分がしたいこと、手に入れたいもの、なりたいものを、ぼんやりとした概念でしかもっていないからである。

 

「何かよいことをしたいから」という大まかな望みだけでは不十分である。誰でもそういった願いを持っているものだからだ。

旅行したいから、いろいろなものを見たいから、もっといい生活がしたいから、というのも不十分である。こういった願いもまた誰もが持っているものだ。

あなたが友人に無線でメッセージを送るとき、アルファベットをABC順で送り、一体なにが書かれているのか相手にメッセージを組み立てさせるようなことはしないだろし、辞書からばらばらな言葉を抜き出すようなこともしないはずだ。きちんと意味のある言葉を、意味が結びつくように送るはずである。無形の存在に自分の欲しいものを印象付けるときは、きちんとした意思表示をしなければならないことを憶えておきなさい。あなたは自分が何を欲しいのか明確に知っていなければならないのだ。
ぼんやりとした望みやはっきりしない欲望を送っていたのでは、いつまでたっても富を得ることはできないし、ものごとを作り出すことのできる力を働かせることはできない。

 

自分の家を手に入れた男の話のように、自分の願いを実行に移しなさい。

 

自分の欲しい物を見て、心に自分が手に入れたときに見たい、はっきりとした姿を描きなさい。

そのはっきりした心の絵を、船乗りが自分の目指す港をいつも念頭に置いているように、常に心に描いていなさい。

 

舵取りが方位を見失う以上にその心の絵を見失ってはならないのだ。

集中力の訓練をする必要はない。祈りやアファメーションをするための特別な時間を設ける必要もないし、瞑想も、秘密の儀式をするなども必要ない。

そういう事をするのも良いが、あなたが唯一しなければならないことは、自分の願いと、その願いが自分の考えに常にあるくらい強く欲しいと願うことである。


自分の自由な時間を好きなだけ使い、心の絵を完成させなさい。ただし自分の心を自分が心から望むものに必死に集中させる必要はない。自分の意識をそこに向かわせるのに努力して集中しなければならないということは、本当は自分にとってその願いはそれほど重要でないということだからである。

 

また自分が本当に富を得たいと思い、そしてその目的に自分の思考が導かれるくらい強い願いなら、コンパスの針が常に北をさすように、その目的に自分の思考が導かれるくらい強い願いでない限り、この本に書かれた説明どおりにやってみる価値はほとんどないといってよいだろう。
ここに書かれた方法は精神的に怠けようとする心に打ち勝つほど強く富を得たいと願い、また楽になることを望む人たちに効果があるようにかかれたものである。

はっきりとした心の絵を描くことができればできるほど、あなたはそのイメージを常に描いて生活することができる。詳細にまでいたる喜びを味わうことができる。あなたの願いが強ければ強いほど、その望みをしっかりと心に描くことができるだろう。

 

心にはっきりとその姿を描くだけでは、しかし充分ではない。もしあなたがそれ以上のことをしなければ、あなたは夢をみるだけの人間に過ぎない。またそれを実現する力をもたないか、もっても微々たるものに過ぎないだろう。

 

あなたのはっきりとしたイメージの背景には、はっきりと目に見える形で現実化するための目的がなければならない

そしてその目的の背景にはそれがすでに自分のものだという誰にも負けないゆるぎない信頼がなければならない。それはすでに自分の手元にあり、あとはあなたがそれを受け取るだけ、というような。

それが物質化して姿を現すまで、心の中で新しい家に住みなさい。心の領域で欲しいものを充分味わいなさい。

「あなたが願いを神に祈るときは、それを受け取ることを信じなさい。そうすれば汝は受け取るであろう」とイエスが言うように。

自分の望むものがすでに自分の身の回りにあるつもりで物事をみなさい。すでにそれを所有し利用しているかのように自分を見なさい。それらが実際に自分の手に入ったら自分はどのようにそれらを使うかを考え、心の中で実際にその通りにそれらを使いこなしなさい。

それがはっきりとした姿になるまで心の中でそれを描きなさい。そしてその絵にあるすべてに対して自分がそれを所有しているという気持ちになりなさい。心の中で、それが実際に自分のものになったつもりでそれを受け取るのだ。この気持ちを保ちなさい。一瞬でもそれが真実だという信頼を放棄してはならない。

 

そしてさきの章で感謝について述べたことを思い出しなさい。それが現実の姿となったときに感じるであろう感謝の気持ちを常に持っていなさい。

 

まだ自分のものになっていないものについて神に心から感謝できる人間は、本物の信じる心を持っている。彼は富を手に入れ、自分が望むどんなことでも現実化させることができるだろう。

自分の欲しいものを繰り返し祈る必要はない。神に毎日伝える必要はない。

「異教徒がするように無駄に繰り返すことのないようにしなさい」イエスは弟子たちに言われた。「あなた方が神に祈る前に、神はあなたがそれらを必要としていることを知っておられるのだから。」
あなたの役割はもっと大きな人生にするための願いを知的に述べることであり、それらの願いを全体と緊密に結びつけ、その願いをもたらす力をもつ無形の存在にその全体図を映し出すことである。

言葉を連ねるだけではこれは不可能である。これをかなえるためのゆるぎない目的とともにそのイメージをもち、それを手に入れるという確固とした信頼をもつことで、それを現実に作り出すことができるのである。

祈りに対する回答はあなたが話す言葉でその信頼を計られるのではなく、あなたがどう働きかけるかでその判断がなされるのである。

 

特別な休息日を設けて神に自分の願いを言い、あとはすっかり忘れてしまうことで、神を感心させることはできない。

 

わざわざクローゼットの中に入る時間を設けてそのときだけ祈っても、あとは次にその時間が来るまで自分の心からそのことを追い出してしまうなら、神に願いを印象付けることはできない。

口で祈りの言葉を言うのは良いことだし、効果もある。特に自分の中のイメージをクリアにし信じる心を強くするのには効果がある。だがあなたの望みを叶えてくれるのは声を出して祈願するからではない。富を手に入れるためには「祈りの1時間」を設ける必要はない。「やまない祈り」が必要なのである。そしてここで言う祈りとは、自分の持つイメージを、形となって現実に創りだそうとして、そしてそうなりつつあるという信頼をもって、しっかりと持ち続けるということである。

「それらを受け取ると信じなさい」

いったん心の中ではっきりとその姿をイメージしたら、あとは受け取るだけである。

心の中でその姿を描いたら、声に出して、至高の存在に相応の祈りの言葉を言うとよい。
その瞬間からあなたは心で自分が願ったものを受け取らなければならない。

新しい家に住み、高級な服を着て、自動車に乗り、旅に出て、自信を持ってさらなる旅路を計画しなさい。

 

願うものすべてに対し、今まさにそれが自分のものになっているかのような表現で考え、話しなさい。身の回りをイメージし、経済的な状況を自分がこうありたいと望む通りにイメージしなさい。そして心で描いたその環境や経済的状態で常に暮らしなさい。

ただし、注意が必要なのは、あなたが単なる夢想家になったり、空想したりするべきではないということだ。

そのイメージがいままさに現実になりつつあるという揺るぎない信頼をもち、現実化するのだという目的を持って、心に描きなさい。

信じる心と目的意識がイメージには有効であり、またそれが科学者と単なる夢想家とを分けるのだと憶えておきなさい。

これらの事実を学んだ上で、次にあなたは意思のきちんとした使い方を学ばなければならない。

Chapter 8 End

2007年11月 5日 (月)

The Science Of Getting Rich(富を得る科学)第7章

みなさま、こんばんは~(^^)

月曜日ですね~!一週間の始まり、いかがお過ごしですか?

さて、先ほど編集を終えたオーディオファイル、「The Science Of Getting Rich」の第7章をお送りします。

やはり感謝が出てきますね。
感謝ができるときの心の状態では不幸を感じようがないですものね。
それにしても、どの本にも、感謝の重要性が書かれている以上、揺るぎようのない事実なんでしょうね。
注目すべき点だと思います。

ちょっと短いですが、今日はこの辺で・・・(^^)/

*****************************************************************

富を得る科学 Chapter 7 – 感謝

 

さきの章で述べたような例は、これを読むものに、富を得る最初のステップというのはあなたの願いを無形の存在に伝えるということだと教えている。

これは真実である。そしてそうするためには必然的に自分自身を無形の知性と調和した形でかかわらなければならない。

この調和した関係を確立することは必須であり、非常に重要なことなので、ここで少し説明しよう。その教えをあなたが実行すればかならず神の御心との調和をもたらすだろう。

 

心の準備や贖罪といったすべてのプロセスを一つの言葉で表すことができる。それは、感謝である。

まず第一に、知性あふれる存在からすべては生まれる、その唯一の存在を信じなさい。

そして第二に、その存在があなたの望むすべてのものを与えるということを信じなさい。

第三に、自分とその望みとを深い感謝の心によってつなげなさい

 

たくさんの人々が感謝の気持ちが足りず、自らの生きる権利をちがうことに行使しており、それが彼らを貧しいままにとどめている。なにかを神から受け取ったとき、それを受け取ったよ、と相手に伝えることを怠ることで、その人は神とのつながりを断(た)っているのだ。

富の源のそばで生きることは、すなわちもっと多くの富を受け取ることだというのは簡単にわかることだ。そして常に感謝の気持ちで生きている魂は神に感謝の気持ちを伝えようとしないものに比べてはるかに近くで存在することになるのである。

 

私たちの心が思考の存在に対して感謝の気持ちでいればいるほど、良いことがわたしたちにもたらされる。もっと多くのものを受け取るであろうし、もっと早く手に入るだろう。

その理由は簡単である 感謝の気持ちを常に持とうとしているその心的態度は恵みをもたらすその源をもっと近くに引き寄せるからである。

 

感謝があなたの心を宇宙の創造するエネルギーをもっと近くへと動かし、調和するのだという考えがあなたにとって聞いた事のない新しい考えなら、よく吟味すればそれが真実だということがわかるだろう。
あなたがこれまでに得た良いことはある法則が忠実に働いてあなたの元に訪れたのである。
感謝はあなたの心をその法則が働きやすいように心を導き、クリエイティブ、または創造的な考えとしっかり調和させ、競合意識に陥るのを防いでくれるのだ。

感謝だけでも、その元となる「すべて」の存在にあなたの視点を保ち続けることができ、また「資源は限られている」などといった間違った考えからあなたを守ることができる。


それができるかどうかはあなたの希望が叶うかの運命を分けることになるのだ。

 

感謝の法則というのがある。あなたが望むものを得ようとするならば、この法則を守ることは絶対に必要不可欠である。

感謝の法則は自然の法則であり、行動と反応は常に双方に向かって同じ力が働く。

あなたの心が感謝にあふれ、ありがとうなどといった至高の存在に賛辞でふれるとき

力は解放され、また広がりを見せる。その力は目指したものにたどり着けないことはない。

「神のそばに引き寄せなさい。そうすれば彼はあなたに近づくだろう」というのは心理学上真実である。

そしてその感謝が強く、常に感じられるものならば、姿のない存在の反応も強力で継続的なものになる。あなたが欲しいと感じるものは常にあなたに向かって動くのだ。

イエスが常に示していた感謝の態度を見てみることだ。彼がいかに常日頃「感謝します。父よ。そうすればあなたの耳に届くのですから」と言っていたか。感謝なくして力は発揮できない。感謝こそが力と結びつくのだから。

それに感謝は未来の祝福を受けるためだけのものではない。感謝なくしてものごとをあるがままに満足することは出来ないのだから。

あなたが自分の精神を現状の不満というレベルまで落とした瞬間に、あなたは足元をすくわれることになるだろう。つまりあなたの意識は大衆的、また一般的、そして貧しく下劣なものへとひきつけられる。そしてあなたのその心の中にそれらの様子が描かれ、そのイメージが無形の存在に転写され、大衆的、貧しさ、下劣さや意地の悪さがあなたのところにやってくるのである。

自分の心が不公平さに浸ってくよくよ考えるのを許すということはすなわちあなた自身がそうなり、また不公平なものたちで身の回りを固めるということである。

逆に自分の意識を自分の身の回りで一番良いものに向けるとき、あなたは最高のものに包まれ、また最高の自分になるのである。

ものをつくりだす力はわれわれの中にあり、われわれが注意を向けるそのイメージになるということなのだ。

われわれは考える存在である。そして考える存在は常に、自分が考えるまさにそのものになるのだ。

感謝の心は常に最良のものに固定される。ゆえに最良になろうとする。なれる最高の性格になろうとし、また最高のものを受け取ることになる。また信じる心は感謝の心から生まれる。感謝の心は常によいことを期待している。そして期待する心はやがて信じる心になる。人が自分の心で感謝すると、信じる心が生まれる。与えられたものに感謝する気持ちは波動となって外に向かい、さらに信じる心を増す。感謝の気持ちを持たないものが生き生きとした信念を保つことはできない。そして信じる気持ちを持たないものは、次の章でも述べるが、創造性に富んだ方法で富を得ることは出来ないのである。

このことから自分のところに訪れたすべての良いものに対して感謝の気持ちを持ち、継続して感謝をあらわすことを習慣づけることは不可欠なのだということがわかる。

そしてすべてのものはあなたの進化に貢献しているため、あなたはすべてに対して感謝するべきである。

足りないものや金権政治家、組合の大物達の間違った行動の事を考えて時間を無駄にしてはならない。彼らの組織はあなたにチャンスを与えているのだ。あなたが得ているものは、彼らのおかげなのだから。

堕落した政治家に対して怒りを込めて反対してはならない。政治家がいなければわれわれは無秩序におちいるのであり、そうなればあなたがチャンスを得る機会も大きく減ることになる。

神は長い時間と忍耐をかけてわれわれが現在おかれているような政府や産業を育ててきたのであり、これからもそうするつもりなのである。金権政治家や信用組合、産業界のトップ達や政治家たちも時が来次第すぐに取り掛かるであろう事は疑いの余地がない。

だがとりあえずは彼らはすべて良いものだとしておきなさい。

彼らはあなたに富をもたらす変化の流れを整える助けになっていることを憶えておき、感謝するのだ。そうすることですべてのものに存在するよいものとあなたを調和した関係に導き、すべてのものの中に存在する良いものがあなたに向かって動くことになるのだ。

2007年11月 2日 (金)

とうとう10000!&私信

みなさま、こんばんは~~~(^^)

とうとう「ザ・シークレット 最初の20分」の字幕に皆さんがポチッと押してくださった、Good投票が10000を超えました!

スゴイ!

スゴイ!

ありがとう~~!!!

ヽ(*⌒∇⌒*)ノ::・'°☆。.::・'°★。.::・'°☆。

感無量です・・・すごく嬉しい。

毎日観てくださる人もいて、人生がうまく廻り始めたと感じてくださる方も、
コメントくださった皆さんも、Romだけの皆さんも、感謝、感謝です・・・

なにかに動かされるように夢中で作業したあの一瞬一瞬が
すごく報われています。

最近かなり忙しくなってきましたが、バランスを保ちながら、人生を楽しみながら
成長しながら、生きていこうと思います。

みなさま、ありがとうございます!

O(≧∇≦)O

*(連絡です・私信でごめんなさい)*
先日とても興味深いメールを下さったMさん、私が送ったお返事がエラーで帰って来てしまいます。何度か試したのですが、「サーバー容量を超えているためにこれ以上受信できない」というエラーだそうです。
私以外にももしかしたらおなじような境遇の方がおられるかもしれないので、
こんなところでご連絡です。確認してみてくださいね。(^^)

« 2007年10月 | トップページ | 2007年12月 »