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2007年11月19日 (月)

The Science Of Getting Rich(富を得る科学)第9章

みなさま、お久しぶりでございます。

忙しい、とは言いつつも、元気にやっている今日この頃です。

最近オーディオファイルをUpするのが精一杯ですが、その間に身の回りのものを片付け始めています。

おもしろいことに(そしてありがたいことに)、「これはこの値段で売りたいなあ」と思うものがちゃんとその通りの値段で売れていきます。

今回予想通りの展開だなあと思ったのが、私が日本までもっていく、というか、送る持ち物の中で一番重い(=コストがかかる)のが、本でした。

本、とくにスピリチュアル、セルフ・ヘルプ、ファイナンシャル、成功法則、などなどの本は、手放そうと思わないので、結局本を送るのに2万円くらいはかかりそうです。
それでも手放そうと思ったフィクションやエッセイなどは全部人にあげるか、寄付するんですが・・・

その代わり、服はすくないです(笑)

さてさて、本題の、オーディオファイル続編です。
最初にさらっと読んだときは、「えっ・・・慈善事業に寄付するなって・・・」と思いましたが、
「ザ・シークレット」でもあったとおり、そしてジャック・キャンフィールド氏がよく話すエピソードのように、マザーテレサが「私は反戦運動には参加しない。平和運動をするなら呼んでちょうだい」といったように、焦点をどこにあわせるかをきちんと選びましょうと言うことなんでしょう。
100年後の今では、「人をよいことで感動させる」慈善事業も選べばたくさんあり、世の中のお金持ちはたくさん寄付をしてらっしゃるようなので、時代は変わったということですね。

わたしも参加していたボランティア団体の持つ図書室に幾つか本を寄付しようと思っています。
ボランティアの人が豊かに幸せになって、その人たちが接するすべての人にその波動が届けばいいなあ。

と、こんな風に言うととっても精神レベルの高い人間と誤解されるかもしれませんが、
それはかなり大きな誤解です。
あとで失望しても責任はとれませんよ~~~~(笑)

モットーは、どこかで聞いた事のあるこの言葉です。

"Motto to live by" (生きる上でのモットー)

Life should not be a journey to the grave with the intention of arriving safely in an attractive and well-preserved body, but rather to skid in sideways, champaine in one hand, strawberry in the other, body thoroughly used up, totally worn out and screaming “Whoo-HOO. What a ride!!”

人生は美しく保たれたままの身体で無事墓場に入るための旅路であるべきではない。
それよりは、横道に滑り、シャンパンを片手にもち、もう片方にストロベリーをもちながら、身体をボロボロになるまで使いきり、こう叫びたいものだ。
「うっひゃ~~!すんごいおもしろかった!」

皆様、ステキな旅を。

では、「富を得る科学」第9章のオーディオファイルです。(^^)

************************************************

富を得る科学 Chapter 9 – 意思の使い方

 

科学的に富を得ようとするとき、自分の意志を自分以外のまわりの何かに使ってはならない。どのみちあなたにそうする権利はないのだから。

他人を自分の願いどおりに動かすために自分の意志を使うのは間違いである。

人々を心の力を使って無理に動かそうとすることは、実際に体の力を使って無理に何かをさせることと同じくらい恥ずべき行為である。

もし強制的な力で人に何かをさせようとするなら、彼らは奴隷に貶められることになる。精神をつかって同じ事を他人に強制するなら、それはまったく同じことである。
手法が違うに過ぎない。

力任せに人から物をとるなら、それは強盗である。心の力を使って人からものを取るなら、それもやはり強盗である。根本的にかわりはしない。

 

自分の意志を他人に使う権利は誰にもない、たとえ「その人のため」のつもりでも、あなたにはなにがその人のためかを知る余地はないからである。

富を得る科学はいかなる理由であろうと他人に使うことも無理強いすることも必要としない。そうする必要はかけらもないのである。

自分の意志を人に使おうとするとき、それがどのようなやり方であろうと、自分の目的を妨げ、挫折する結果になるだけである。

何かを自分に引き寄せようとして、自分の意志を使う必要はないのである

それはつまり神を無理に動かそうとすることであり、そこには神を敬う気持ちはないと同時に、愚かであり無駄なことである。

神から良いものをもらおうとして神を無理強いする必要はない。

不親切な女神を制しようと意志の力を使う必要はないし、頑固で反抗的な力をあなたの命令に従わせることもない。
すべての元となる存在はあなたに優しい存在であり、あなたが持とうとする以上のものを与えたいと願っているのである。

富を得るには、あなたは自分の意志の力を自分に使うだけでよい。

あなたが何を考え、どう行動するかを知っているとき、あなたは自分がそうすべきことを考え、また行動するために自分の意志を使わなければならない。

これこそが、意志の力を自分を正しい方向に向かわせるために使うことこそが、自分の望むものを得るための正当な意志の使い方である。

ある方法、方向性で考え、行動し続けるように、自分の意志を使いなさい。あなたの意志や考え、また心を、人や物に何かをさせるために、空間に反映させようとしてはならない。


心を自分の中におきなさい。他のどこにおくよりも、そこにいるほうがより多くのことを達成できるだろう。

自分の望みを精神的なイメージとして描くために、自分の心をつかいなさい。その姿を信じる心と目的意識とともに持ち続けなさい。そして正しい方向に心が働くように自分の意思を使いなさい。

あなたの信じる心と目的がしっかりと定着していればいるほど、あなたは急速に富を得るだろう。なぜならあなたは「すべてを生み出す存在」に否定的な感情が届く前にそれを中和したり、そらしたりするだけでなく、肯定的な感動だけが届くようにすることができるからである。

あなたの望みのイメージを目的と信じる心で保つとき、そのこころの絵は元となる存在に取りあげられ、宇宙のはるかかなたまで浸透させることができる。

 

この感動が広がるにつれて、その現実化に向かってすべてが動き始める。

生きとし生けるもの、またそうでない無機質なもの、まだ創造されていないもの、すべてが混ぜ合わされてあなたの望むものが生み出される。

すべての力はその方向を目指して使われる。すべてのものはあなたに向かって動き始める。あらゆる場所にいる人々の心は自分の望みをかなえるために必要なことをするよう、気づかないうちに影響を受けているのである。

しかしこれは実際に否定的なネガティブな印象を無形の存在に印象付けてみることで、実際に確かめてみることができる。信じる心や目的意識というのが、なにかがあなたに向かっていく動きをするのだから、疑いや不信心といったことは、その動きをあなたから遠ざける動きをするのは確かである。

富を得るために「こころの科学」を使おうとする大半の人が失敗に終わるのはこの事柄を理解していないからである。

あなたが過ごすすべての時間、すべての瞬間を恐れや疑いを増長させるために過ごしたり、
不安な気持ちでいつも過ごしたり、不信感に自分の魂を奪われていたら、万能の知性からあなたを遠ざけるだけである。

信じるものにこそ望みが叶うことを約束されているのである。

イエスはこのことをいかに強く主張したかを考えて見なさい。今ならそのわけがわかるだろう。信じる心はすべてに重要なことであり、自分の思考をまもることを義務としている。そしてあなたの信じる心はあなたが普段観察し、考えることに大きく影響される。こういったことに注意を向けるのはたいせつなことである。そこで意志の力が便利になってくる。


 

あなたが富を得たいなら、貧困を研究してはならない。

ものごとは望むことと反対のことを考えて、ほしかったものが物質化されるわけではない。
健康は病気を考えていたり病気の勉強をしていては決して得られない。

罪悪の勉強をしていたり、罪悪を考えていて、道理にかなった生き方を助長することはできない。そして貧困を勉強したり考えていたりすることで金持ちになった人間は一人もいないのである。

病気の科学としての医学はさらなる病気を増加させ、罪についての科学としての宗教はさらなる罪をもたらし、貧困を研究する経済は世界をさらなる渇望と惨めさにあふれさせた。

貧困を語ってはならない。調査してはならない、また自分が貧しいと心配してはならない。原因はどうでも良いことである。それらはあなたとは何の関係もない。あなたが気にしなければならないのは「治療」なのである。

自分の時間を慈善事業やそういった動きに費やしてはならない。ほぼすべての慈善事業は悲惨さを撲滅させようとして、じつは繁栄させているに過ぎないのだから。

私が言いたいのは冷たく心ない人間になって、必要としている人々の声を聞くことを拒否しなさいといっているのではない。

私が言いたいのは、貧困を型にはまった方法でなくそうとしてはいけないという意味だ。貧困ということ事体は過去のこととして、「よいこと」をつくりだしなさい。

富を得る、これが貧困を助ける一番の方法なのだ。

そして自分の心が貧困の絵で一杯であるならば、自分を金持ちにさせるようなこころのイメージを持つことは出来ない。

生活する人々の惨めさ、子供の過酷な労働などといったことなどを書いた本や新聞をよんではならない。暗い欲望のイメージや苦しみでじぶんのこころを満たすようなものは何も読まないようにしなさい。

こういったことを知ることであなたに貧しい人々を手助けできることはまずない。そしてその知識を広く知らしめることでは貧困を遠ざけることはできない。

貧困を遠ざけることができるのは貧困の絵を自分の心に浮かべるのではなく、富を貧しい人々の心にもたらすことなのだ。

自分の心を彼らの惨めさで満たすことを拒否することは彼らの惨めさを見捨てることではない。

貧困は遠ざけることができる。しかしそれは貧困のことを考える人々が増えることが原因ではなく、貧しい人で、富を得ようとし、それを信じることができる人が増えることによって可能になるのである。


貧しいもの達は慈善活動を必要としているのではない、彼らに必要なのはインスピレーション、つまり感動である。

慈善事業はただ単に惨めさの中に彼らをとどめて生きながらえさせるためのパンを与えるか、ほんの1,2時間彼らを楽しませて、そのことを忘れさせる程度である。

しかし感動は彼らを惨めさから浮上させるきっかけとなる。
貧しい人々を助けたいなら、じぶんが金持ちになることで手本を見せ、彼らも金持ちになれるということを証明しなさい。

貧困が世界から永久に姿を消す唯一の方法は、この本での教えを実行している人々が膨大かつ継続的に増えていくことである。

人々は競争でなく、創造することで金持ちになることを教わらなければならない。

競争して金持ちになったものは自分が這い上がり、他のもの達を押さえつけたままのぼってきたそのはしごで、後ろから投げ出されることになる。しかし創り出す事で金持ちになった人間は、その人間の後ろにつづく何千もの人々に道をひらくことになるのである。

貧困に同情し、貧困を見て、貧困について読んだり考えたり話したり、また話している人に耳を貸したりすることを拒んだとしても、それは心の冷たさや無感動を示したことにはならない。

 

自らの意志で貧困という事柄に関してはこころのスイッチを切り、

自分の欲しいと思うイメージに目的と信じる心でこころのなかのスイッチボタンを押しつづけていなさい

 

Chapter 9 End

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コメント

モットー・・・・

ウケマシタ(^-^)


年老いた人が
シャンパンとストロベリーを持って・・・・(^ー゜)b

想像すると
男の方だったとしても、
女の方だったとしても

なんだか、少し、色っぽい・・・・・
(//▽//)

メモらせてもらおうかなぁ。。。

こんにちは!
帰国の準備をすすめながらの「富を得る科学」の翻訳+朗読。
お疲れ様です。

でも、きっと、Sachiさんのことだから、楽しんで取り組んでいるのでしょうね。

今回のこの内容も、とっても感じ得るところが多かったです。

引き寄せの法則を知って以来、
言葉に対する使い方、また周りの人が使っている言葉に神経が研ぎ澄まされています。

周りの人の言葉を聞いていると、
びっくりするくらい望んでいることと逆の事を言っていたりする場合が多いんですよ。

特に評論家的な要素を持ち、雄弁で頭の良い人は、世の中の問題点を指摘して、その根拠を探し出しては饒舌になります。

そんな人と最近話してみて感じたのですが、幸せになりたいし豊かになりたいのに、

テレビで見たんだけれど・・・
新聞で読んだんだけれど・・・
ある心理学者が言っていたんだけれど・・・
とかいう枕詞の後に、
必ず、自分の望んでいないことを話し出すんですよ。自分の見解として。

なぜ、リストラされる人が多いのか・・・とか
なぜ、戦争が起こるのか・・・・・とか
なぜ、人種差別があるのか・・・・とか
なぜ、環境が悪化しているのか・・・・とか
なぜ、離婚率が高くなったのか・・・とか
結婚制度の問題点・・・・・とか

私はこの友人の頭の良さを尊敬しているし、中国人でありながら日本語を日本人以上に操れるし・・・自分の考えをはっきり言えるタイプで尊敬しているんですが・・・・

なんというか・・・ふんわりとした幸せ感がないんですよ。
幸せになるよりも、尊敬され一目おかれることを第一としているように感じます。

かくゆう私も、以前は討論やディベートなどが面白く感じて向上心をもち、学ぶ事が好きでしたが、
最近は、「感じる」ことを自分の中で大切にするようになりました。

しったかぶりのコメンテーターの言う事よりも、
日々の中での私の気持ち。
そういうものを大事に、大事に育んで行きたいと思っています。
温かな気持ちで日々過ごしていけるように・・・

そうそう
最近、あるデパートの広告のコピーに引きつけられました。
「人を想う幸せ・・・」

私の中では、
「好きな人の幸せを想う幸せ・・・・」とチェンジされています。

好きな人が健康で、良い仕事をして、幸せにしているイメージ。心がほこほこしてきます。

Sachiさんのブログを読んでいても、Sachiさんの人となりがイメージされて心がほこほこしてきますね(笑)

長い書き込みになりました。
今日も片付けに追われていそうですね。
荷物を先に送ってスッキリしたら、
ニンダカくんと共に無事に帰ってきてくださいね。
ニンダカくんの写真もまたアップしてください。
楽しみにしています。

日本も寒くなりましたよ。
あったかーーくして
帰ってきてくださいね。(^-^)

::pizyuさん

あはは~~どうぞどうぞ!メモしてください!
ちなみに私がいま住んでいる家の大家さんは、80歳を過ぎていますが、最近彼ができて楽しそうです。
彼女は私より忙しい人で、毎日出歩いて、私が寝付いた頃に帰ってきます。
昼間はケーキを焼いたり、ガーデニングをしたり、たまに昼寝したりで、人生楽しそうですよ。
彼女こそ、シャンパンにストロベリーコースですね(笑)

::のんさん

尊敬したいから一生懸命になる人は、ボランティアや人助けのときにエゴを見せることがありますね。

おそらくいままでそうやってうまく行ったことがあったから、そうするのが一番いいんだと潜在意識に染み付いてしまっているのかな?

でも、それはその人の選択であり、そうすることがベストの学びの道なのでしょう。

何がきっかけで内観するかわかりませんものね。

私もエゴの塊だったときに、踏んだりけったりなことが重なったので、そのとき初めて自分を内観することになりました。あの時期がなかったら今の私はなかったと思います。

のんさん、いいですね~~~
日々の気持ちを大事にする、そのお言葉、とってもステキだと思います。

私もメモしちゃおっと!

「好きな人の幸せを想う幸せ・・・」

ん・ま・あ!

読むだけで、心がほっこりするフレーズですね(^^)

ありがとうございます!

とうとう寒くなりましたか!
冬を追いかける私としては、日本の冬さん、お手柔らかにお願いします(^_^;)

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